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2007年9月 6日 (木)

「夜店のうた」

 先々週、ラジオでNHKの「歌の日曜散歩」を聞いていたら、「夜店のうた」(昭和31年)という曲が流れてきた。西沢爽作詞、中田喜直作曲、歌い手は伴久美子である。

            幼いあの頃 とうさんと
            ふたりで夜店に 行ったっけ
            三角帽子の おじさんが
            舌切雀の あめ細工 あめ細工

            綿菓子 ビー玉 きんか糖
            おんぶの背中で 寝たときに
            うっかり逃がした 風船は
            いまでも夜空に いるような いるような

            はぐれて子どもが 泣いていた
            ブリキのラッパを かかえてた
            夜店のあかりは アセチレン
            なんだかさみしい あの匂い あの匂い

 初めて聞く曲であったが、如何にも中田喜直らしいメランコリックな、哀愁を帯びた曲調、「あめ細工」という体言止めのリフレーンによって、夜店の情景の追憶に深い余韻を生み出す西沢爽の詞、そして伴久美子の真っ直ぐ健気な、しかし何処か憂いを帯びた美しい歌声、しみじみと聞き入ってしまった。とりわけ、「三角帽子の・・・」と高く歌い上げられる時、胸の締め付けられるような堪らない懐かしさ(自分が幼かった頃の?、それとも自分の子供が幼かった頃の?)に襲われる。絶唱と評して過言ではない、と思える。
 勿論、伴久美子という歌手は昔から知らない訳ではなかった。昭和三十年代くらいまで、童謡歌手と呼ばれる少女(と少年)たちがいた。彼女たちは歌の世界に於いて、後年の”アイドル歌手”に似た立場にあり、かなりの人気を博していた。当時の少女向け雑誌は、表紙、グラMainitibankumiビア、写真物語等に人気の高い童謡歌手(川田正子、松島トモ子、安田姉妹、小鳩くるみ、近藤圭子、・・・)を毎号登場させていた印象があるし、彼女たちの映画出演も頻繁であったように思う(私の好きだったアラカン、嵐寛寿郎の鞍馬天狗でも、松島トモ子が杉作を演じていた)。私自身一度だけ、昭和28年か9年何処で券をもらったものか、母に連れられて古賀さと子の出演した催しに行ったことがある。どんな舞台であったのか全く覚えておらず、ただ東京駅近くの会場だったことと、古賀さと子の名前だけが記憶に残っている。伴久美子も、そうした人気歌手の一人であったようだ。「ようだ」と言うのは、子供時代の私は童謡は好きであったが、別段童謡歌手には関心がなかったからである。
 この「夜店のうた」が、絶唱として私の心に響いたのには、曲・詞・歌唱の見事さばかりでなく、もう一つ要因がある。それは、伴久美子が早くに亡くなっていたことを、近年になって知ったからである。彼女は歌手を引退した後、父親から受け継いだ会社を経営し、四十三歳の若さで病死したとのことである。「夜店のうた」は、子供時代の父親との楽しい思い出、煌き心昂ぶる夜店の光景を回想する歌であるが、遠く過ぎ去ってしまった仕合せな時間を歌うとは、即ち失われた幸せ、哀しみを歌うことでもある。例えば、「昔とは父母のいませし頃を云い」という麻生次郎の句にそこはかとなく漂うものも、愛惜であり、穏やかな哀しみである。そうした懐旧の喜びと哀しみの複合を、最大限に演出しているのが中田のメロディーであり、それを余すところなく歌い上げているのが伴の歌唱であると思う。そして今、その澄んだ歌声には、彼女自身の姿が重なって見えてしまう。若くして亡くなった彼女の、十三、四歳の折の輝かしい歌声が、つまり永遠に失われてしまった輝きがそこに封じ込められている、ということをどうしても感じない訳にいかないのだ。古来、佳人薄命という言葉がある。また、「美しきもの見し人は、はや死の手にぞ渡されけり」と歌った詩人もいた。早過ぎる死、非運が一層高める美しさというものがある、とやはり言わざるを得ない。
 私は早速、「夜店のうた」が収録されている「懐かしの童謡歌手たち 復刻 伴久美子・久保木幸子」というCDを手に入れたが、そこには「しいの実のうた」も収められていた。福岡学芸大学の昇地三郎教授が、我が子二人が小児麻痺によって肢体不自由となったことを契機に私財を投げ打って開設したのが「しいの実学園」で、その経緯は昭和30年清水宏監督によって映画化された(主演:宇野重吉、香川京子)。小学生であった私は、学校の映画教室という形で、担任に引率され映画館でこの映画を見ている。物語の内容とともに強く心に残ったのが、冒頭のタイトルシーンで流れた主題歌「しいの実のうた」の物悲しいメロディーであった。当時この歌をコーラスと一緒にレコードに吹き込んでいたのが、伴久美子だったのである(映画ではソロの部分はなく、コーラスだけが流れていたように思うが、果たしてどうであったか)。子供時代に刻まれた記憶の断片が、何十年も経って今頃繋がりを見せることに、不思議な思いがする。
 今日、秋の訪れを歌った名曲として知られる「小さい秋見つけた」(サトウ・ハチロー作詞、中田喜直作曲)は、ボニージャックスの歌として広まっている。しかし詩人と作曲家に託されて最初に、昭和30年頃歌ったのは伴久美子であった。残念ながら、当初はヒットせず、従ってその録音も残されていない。ジャック・ティボーに、彼の愛奏曲、十八番であるヴィオッティのヴァイオリン協奏曲22番の録音が何故残されていないのか、何処かにその録音が残っていないものか、と彼の演奏を好む者はよく考えるものである。その段で言うならば、伴久美子の歌った「小さい秋見つけた」を是非とも聞いてみたい、という思いに駆られる。レコード会社か放送局の倉庫の片隅に、録音が眠ってはいないだろうか、「夜店のうた」の哀しいまでに澄んだ歌声は、そんな夢想を掻き立ててやまない。

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